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2006.02.03

関門トンネル

3才当時、宗像の社宅に住んでいた「まーちゃん」、母親に連れられて
下関に住む祖父母の家へよく行った。

「ようきたね」、そういって祖父母が出迎えてくれた。

鹿児島本線赤間駅から門司港駅まで電車に乗って、それから船で
関門海峡を渡るコース、今でも断片的ながら記憶が残っている。

今日は博多駅から同じルートで30年前を再現、快速小倉行に乗車、
30分ほどで赤間駅に到着、記憶にある駅舎とまったく違う近代的な
駅舎に変わっていた。

小倉駅で乗り換えて門司港駅へ

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門司港駅の前の港から、下関・唐戸いきの「ジェット船」(笑)

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唐戸から祖父母の家は徒歩5分ほど、「ようきたね」そう言って
伯父・伯母が出迎えてくれた。

伯母が「かも鍋」を作ってくれた、「まーちゃん、ようけ食べね」
「足りなかったら、おじちゃんが(カモを)獲ってきちゃるけんね」

いまだに「まーちゃん」と呼ばれるの、なんだか少し照れくさい。

・・・・・・・・・・

大学3年の春休み、バイクでの横浜から鹿児島までのツーリングの
途中に、高齢であったが元気であった祖父に会いに立ち寄った。

「気いつけて行くんよ、またおいでね」、そう言われながら、祖父とは
握手をして別れ、九州へ向かった。

「次に会える日はもうないかも…」、本州を離れる関門国道トンネルの
中で、そう思った途端に涙があふれた。

ヘルメットの中で流れる涙を止めることも、拭うこともできないまま、
トンネルを走り抜けるまでがとても長く感じた。

・・・・・・・・・・

「またおいでね」と見送られ、下関駅より博多のホテルまで戻る
鉄路の関門トンネルの中で、そんなことを思いだした。

強くて優しかったあの時の祖父の手の感触は、今も忘れない。

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